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【橋を見る67-70】霧生さらに奥へ向かう・袖高欄美しき古色の4橋・

伊賀霧生村中心部の探検を終えた橋口ひろし探検隊は、さらなる古橋を求めて

川上川の上流へと向かう。

【橋67】中出大橋(昭和35年)

川沿いに村を進むとなまこ壁がイカしてる土蔵の向こうに中出大橋が見えてくる

親柱は独立して置かれず高欄端に銘板がある

非常に特徴的なのが橋の終わりから続く袖高欄が描くカーブ

普通袖高欄は橋の付属装飾物的なのだがこれは完全に橋本体と同じ構造で繋がっており

橋端に銘板がはめ込まれてることからカーブを描いた全部で中出大橋なのかもしれない

橋を渡った先を歩くと村によくある負の光景があった。

自然に朽ちていく家屋はいいが、廃屋の前にゴミをぶちまけるのはいかんね〜

【橋68】中西橋(昭和7年)

中出地区をさらに進むと霧生上出のバス停のたもとに橋があった

昭和7年の親柱としてはとてもスッキリしたデザインが目を惹く

丸アーチの高欄は昭和初期の定番デザインのようだ

橋を渡るとおそらく袖高欄の支柱が並んでいた。現在ガードレールになってる部分に

あったと思われる

【橋69】宮前橋(昭和35年)

高欄の意匠は特に面白くもないのだが、この橋も外へ開く袖高欄があり全体のフォルムをぐっとワイドに見せている。色に惹かれるんだよね60年以上経ってるからこそ

出るこの古びた感じがいい。

【橋70】村瀬二号橋(昭和51年)

鹿嶋神社の鳥居が川沿いにある。手前の車用の鉄板部分・・もしかしてこいつは

太鼓橋があったのかも

なにあれ?橋?

シンプルだがちゃんと自転車用の板もある。さすがに無名橋だろうと思ったが

名前があった村瀬二号橋(奥に一号橋もあり)

小さな橋の向こうには5軒の民家があり近道としての橋だと思われる。

この先は数軒の民家があるのみで伊賀最深部桐生の村は終わる。

道路はメナード青山リゾートへ続いている。

今日のめし びっくりドンキー

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